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2017年8月1日火曜日

うつ病休職中の暇つぶし

うつ病休職中の暇つぶし


うつ病休職をしていた2年間、非常に暇でした。暇で暇で気が狂ってしまう程に暇でした。暇つぶしになることなど皆無




というよりも無気力、無関心の魔力の方が強くて、ネットで休職中の暇つぶしなどを調べてみたところで全く役に立たなかったりするのです。



例えばうつ病休職中での暇つぶしとして、ネット検索で出てくるのはこういうもの。
映画鑑賞、読書、スパ、筋トレ、資格・語学勉強、ゲーム、旅行....



なんか、なんかなぁ。



うつ病休職中にできないことばかりが出てくる気がします。Amazonで映画を観るなんて、とても簡単なことのように思うかもしれませんが、うつがひどい時には映画ですら観れません。



観たことのない映画は全く観る気になれず、過去に面白かった記憶のある映画をなんとか観る感じでした。映画を楽しめるのであれば、うつ病としては軽い方なのではとも思います。



そんな感じなので読書など論外。不可能です。買ってみては数ページ読んで付箋を挟んで。家の中にはそんな状態の本が沢山転がっています。読書は無理。



唯一、暇つぶしとして機能していたのは、スパに行くことぐらい。行くのは面倒くさいですが、行ってしまえばダラダラ、ゴロゴロ、焦燥感もあまりなく、半日くらいは過ごすことができました。



料金も600~700円くらいなのでスパだけは週に一回くらいは行ってました。特別楽しいわけではないです。本当に暇つぶし。




そんな無気力な生活を続けてきたにも関わらず、これから隠居生活を始めようと考えていたりもします。益々暇になってしまうこと間違いなしです。



でもですね、実は全然違うとも思っているのです。休職生活と隠居生活とは。


どれくらい暇に耐えられるか


休職の状態

休職の状態というのは会社に所属していて給与ももらっている状態です。そして必ずまた働き始めなければならないという将来が待っています。



このことはとてつもない重圧です。ストレスの話を以前に書きましたが、休んでいること自体がストレスになってしまうという状態です。だから暇つぶしなどというものを心も身体も受け付けてくれません



一方隠居は、というと、そういう重圧が一切ないのだろうと思っ勝手に思っています。世間の人からは後指を指されるかもしれませんが、本人さえその生活に満足していれば、実はそこに何も問題はないのです。



後は資金面を上手にやりくりさえできればノンストレスの生活を送ることができるのではないかと、今、まだ病気の頭ではあるのですが、そんな風に捉えています。



隠居生活での暇


僕はもう既に会社に退職届けを提出しています。退職期日こそまだ先ですが、実はもう既に隠居の気分なのです。何に気兼ねすることも無く自由気ままに、のんびりと生活をしています。



別荘地を視察にいったりネットで物件を探したりと、結構やることはあります。でもそういうことが無くても別に構いません。






精神的な焦り


うつ病休職状態では本を読んだり映画を観たりすることも中々出来ませんでした。精神的な焦りみたいなものがあって集中できない。



結果何をしていたかというと、とりあえず街に出てぶらぶらしていました。意味も無く街に出て、意味もない浪費を繰り返えす。病気のせいもあって不要なモノを結構買ってしまいました。まあ仕方のないことだとは思っています。





移住したら


近いうちに伊豆近辺の別荘を買おうと思ってますが、そこに住みだしたら、やりたい事は沢山出てくるような気がしています。家の修理畑の手入れ釣った魚の料理犬の散歩(飼いたいと思っています)、あと、わかりませんが、近所付き合いもあるかもしれません。



そして今まで通り、ツイッターでつぶやいたり、ブログを書いてみたり。お金をかけずに出来ることや、やるべき事はいくらでもあるような気がしています。



しかし、これは全て僕の勝手な想像ではあるのです。病気で休職していた期間をとても辛いものだと感じていた脳ミソが楽しい方向へ想像を膨らましている状態です。



でも、こんなことさえ全く考えられなかったのですから、物凄く大きな前進なのではないかと思っています。



色々と頂いたご意見


このブログにうつ病のことや退職、隠居のことなどを書くようになり、それらに対してのご意見を多々頂いています。



その中で最も多いのが、「まだ若いのに働かないなんてダメ」という意見です。



確かにプー太郎はダメな奴で、バリバリ働くことは美徳かもしれません。仕事を通しての方が自己実現を感じやすいのだとも思います。



でも皆一律にそうでしょうか。やりがいや生きがい、そういったものは仕事の中にしか存在しない?だとすると、それはそれでなんだか寂しいようにも思います。



いいのです。どう思われようと。
とりあえず僕は働かない生き方を選ぼうと思います。隠居生活の中にも生きがいは見出せるはず。



以降、もし僕が暇で暇で死にそうだ、なんて書いたらケチョンケチョンに貶してください。その可能性も大きいような気がしないでもないですが...。




次の記事
とりあえず伊豆の賃貸住宅に住んでみようか


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