ラベル 会社 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 会社 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2017年10月19日木曜日

うつの悪化で2ヶ月間ブログ更新を停止

うつ病が悪化し2ヶ月間ブログの更新を停止


7月にブログを書き始めているのですが、書くことを続けてみたところで体調にはあまり変化はありませんでした。ただ続けられているということがなんとなく嬉しくて、そんな流れでブログを書いていました。



しかし無気力や無感動との格闘の日も多く、ついにはパソコンを開くことさえ嫌になってしまいました....。




うつが酷い時には文字を読むことすら出来ないのですから、書くのは本当に厳しかったりします。



そんなこんなで約2ヶ月間。ブログは放置してしまいました....。



元々、ポジティブな発想が浮かんできたらそれを文字にして再確認するというのが目的だったのですが、完全なネガティブモードに入ってしまったので、という感じです。



ネガティブなことでも書いてみればよいのでは、とも思ったのですが、底が深いのです。そしてドロドロとしているのです。




とても抽象的で表現にも困ってしまう落ち気味な気分。こういう状態の時は医師にさえ何を伝えたらよいのか分からなくなります。



会社を辞めると決めたことで一旦良くなりかけたメンタルですが、退職の日が近づいてくるとよくわからない不安に襲われたりもして身体もガクガク、結構辛い状態でした。



会社の正式な退職


9月30日付けで正式に会社を退職になりました。長い休職の延長にあった退職なので、生活は今のところ何も変わっていません。



健康保険書と社員章を返却しているので、後は会社から書類が送られてくるのを待つだけの状態です。これから国民健康保険、国民年金、ハローワークといった手続きが必要になってきます。



しかし待てども待てども書類が送られて来ませんでした。このことも気分を落ち込ませる要因のひとつになっていたかもしれません。やっと離職票が届いたのが10月17日。一昨日です。



ようやくやらねばならない手続きを進めることができて、少し気分が良くなってきた感じです。




隠居生活について


退職後の隠居生活については、こちらはもう少しゆっくり考えよと思っています。無職ですので隠居そのものですが、もしかすると東京で働くかもしれません。



自分がまだ51歳であること、そしてうつ病がかなり治りかけているということからは働くべきなのでしょうが、この辺は人生の流れに任せてみたいと思っています。



ただ仕事をしていない自分の存在意義のようなことを考えてしまうことも多くて、かなり思いつめてしまうこともあります。自分で自分がよく分かっていません。



そんなメンタル状態ではあるのですが、伊豆方面での別荘探しは続けようと思っています。自分が何をしたいのか、何が出来るのか、そういう視点では物事は定まりませんが、これは続けてみたいと思っています。



まだとても不安定な状態ですが、今日からまたブログを再開します。またよろしくお願いします。



次の記事
ハローワークで雇用保険受給者証明書をもらう


関連記事
もう嫌だ。人生に疲れた。ずっとこう感じているなら


2017年7月24日月曜日

うつ病休職からの脱サラだったら良かったけどね

うつ病休職からの脱サラだったらよかったけどね



うつ病休職中ですが退職に関する書類が会社から届きました。そして今日ついに退職届けに捺印をしてきました。いよいよ脱サラです。と言っても何の計画もないですが。



27年間働いてきた会社とのお別れとなる退職の契約書。こんな時、いろいろと思い出して感慨無量になったりするんでしょうが、何故か全くそんな気が起こりません



むしろ、やっと休職から解放されるという安堵感の方が大きい。


うつ病休職中の退職


休職中の思い


最後のうつ病休職は約2年間におよびました。この間ダラダラと休んではいましたが、本当に辛かったぁ。頭の中では早く復職したいという気持ちで一杯でした。



しかし一方で身体の方も心の方も、もうメチャクチャ。どうあがいても働けないという状態。なんだかとても情けなさ過ぎて、毎日、このまま今すぐ辞めちゃおうかという葛藤とずっと戦っていました。本当に悩み続けていた毎日だったように思います。



退職のパターン


会社に27年もいると既に多くの同僚が辞めていくのを見てきています。退職には3つのパターンあるのですが、この辞めかたによって保証内容がかなり違ってきます。



①どうしても嫌になり突発的に辞職する。
②年に2回の早期退職のタイミングで辞職する。
③会社が数年に一度実施する特別優遇制度に乗って辞職する。


この3つのパターンです。③は不定期なので脱サラを薄っすらと考えている人の多くが乗っかるパターンです。会社側にとってもそういう人を切ろうという施策です。



退職への後押し


6月になって③のパターン「特別退職」の募集がありそうだという情報を入手しました。退職する社員にとっては最も金銭的に優遇されるパターンです。



2年弱の間悩んでいた僕には非常に悩ましい情報でした。このまま休職を続けて復職できる見込みはあるのか。ないのならこのタイミングを逃してはいけないのではないか....。



そうこう悩んでいる内に、正式に募集が発表されたのでした。



特別退職の優遇措置


正式に発表された優遇措置は予想していた以上の内容でした。詳しくは書けませんが、僕が考えているこれからの隠居生活を具現化できそうな内容です。



退職理由も会社都合の扱い。失業保険は最大の330日間受け取ることができます。この優遇制度の内容を把握した時点でも随分と悩みましたが、悩みに悩んだあげく今しかないと判断しました。


脱サラ

今、辞めます!



27年間の会社員生活


この27年間で、生産部門、海外部門、開発部門と3つの部門での業務に携わってきました。開発部門での業務は最も長く15年になります。



結構、楽しい会社員生活だったと思っています。最終的に病気にはなりましたが、会社のせいだとは全く思っていません。業務量やストレスを上手くコントロールできなかった自分のせいだと思ってます。



ですので、仕事で関わって頂いた多くのみなさんに、本当に心から感謝しています。今回、休職中の退職ということもあり職場での挨拶は出来ません




このメッセージも届かないと分かりつつも、この場で深く御礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました



みなさんは自己実現に向けてこれからも頑張って下さい。



僕はお先に隠居させて頂きます。



以上です。



次の記事→ 一ヶ月6万円の隠居生活



関連記事
50代でセミリタイアしてしまった話


2017年7月17日月曜日

素敵なメンバーと仕事をしていた時期のこと

素敵なメンバーと仕事をしていた時期のこと



今日は少し趣向を変えて僕がまだ、うつ病発症前で元気だったころの職場の話しを紹介しようと思います。



今思うと、あのころは仕事も楽かったんだと懐かしく感じます。そんな時におきたAKB事件。まあ事件でもないですが。


AKB



俗に言うオタクな同僚


僕のグループに1名、ちょっとクセのある人がいました。名前はS君、年齢は僕よりひとつ下です。S君の得意技は仕事中の居眠り&仕事の期限を守らないということ。



そんな居眠り、遅延ばかりのS君、みんなはどう思っていたか知りませんが、僕は彼を嫌いではありませんでした。むしろいつも応援してました。




ある多忙な日のこと


グループ総出で対応するべき案件があった日のことです。全員、抱えてる業務は一旦保留しての対応になりました。S君も同様です。



しかしその日の午後、S君は急に体調不良を訴えて早退したのでした。なんだか顔色も悪く、ちょっと心配でした。





皆一緒に帰宅


S君抜きでしたが深夜までは掛らず全ての対応を完了しました。そして皆一緒に帰宅。その夜、僕が自宅で夕飯を食べていたときのことです。



10時くらいのニュースで成人式の話題が取り上げられていました。AKB数名も成人式だったらしく、晴れ着姿で映っていました。



かわいいな~っと思って画面を見ていたら、その後、カメラが応援するファンに向けられました。すると、ぬぁなんと、画面一杯にあのS君が映っているじゃないですか!そしてなにやらファンを代表して得意げにコメントしています。しかも、そのコメントが長っ。



S君ってすごっ。



翌日、何事も無かったかのように


仕事をサボってAKBの成人式に行ったことがバレバレとなった翌日。何事も無かったかのように仕事をしているS君。そしてS君を責めたりしないグループのメンバー達。なんて良い職場なのだろうと思いました。



しかし、こんな素敵なメンバーと仕事をしていたにも関わらず、その数年後、僕はうつ病になってしまったわけです。その背景はまた今度書きたいと思います。



S君のように自由奔放に生きる人が最後に笑うのかもしれません。S君が実に羨ましいと思う今日この頃です。




次の記事
若者にブームのBライフ自作小屋生活とは




にんにく卵黄がうつ病と自律神経に効果あり

2017年7月14日金曜日

うつ病でのアーリーリタイア、セミリタイア

うつ病でのアーリーリタイア、セミリタイア


うつ病の発症から4年とちょっと経ちました。



直近では約2年間うつ病での休職復職を繰り返しています。今の気持ちはというと、この先もう働ける気がしない、というのが正直なところです。



所属している会社の制度ではまだあと3年間の休職が可能です。ですが、休んでいること自体が僕にとっては精神的な負荷として大きいのです。



正直なところ、これ以上の休職継続には限界を感じてもいます。


休職からのアーリーリタイア

今までの病歴


ここ4年間の僕の勤務と病歴はこんな感じです。
 ①うつ病休職 2ヶ月
  ↓
  ②復職勤務 18ヶ月間
  ↓ 
 ③うつ病で再休職、16ヶ月間
  ↓ 
  ④復職勤務 3ヶ月間
  ↓
 ⑤うつ病で再休職 7ヶ月間
  ↓ 
 ⑥退職(予定)

合計すると2年以上も休んでいることになります。


アーリーリタイア


会社の制度的には、まだまだ休職を続けることが出来ます。しかしこの9月末に退職、アーリーリタイアしてしまおうと思っています。毎日毎日、思いや考え方はブレまくっていますが、今日、この今の時点での結論は退職



誰の目に止まることのないこのブログを書き始めてまだ数日ですが、何かを文字にしてみようと打ち込み始めてみたら、今まで自分の中に溜まってきていたものがはっきりと見えてきたような気がしています。



退職の意思はまだ誰にも話していません。今これを書き始めて急に意思が固まってしまったようなそんな感じです。



でも今のこの時点での退職はやはり無謀でしょうか?体調が悪くても会社にしがみついていた方が得策でしょうか?



休職のまま会社に居座っている状態に耐えられない自分にとって、今退職を考えるのが唯一の選択肢のようにも思えます。



毎月の人事との面談ではパニック障害のような症状も出始めていて、辛くて辛くて仕方が無かったりもします。人事担当とは顔を見てまともに話も出来ない、そんな恥ずかしい状態なのです。



一般的なアーリーリタイア


アーリーリタイアというとかなり蓄えのある方の退職のような響きですね。アーリーリタイア、セミリタイアとうたっているブログを調べてみると、悠々自適な生活を綴られている方が本当に多い。



実にうらやましいです。僕の場合は病気リタイア。はははははっ。自分でも笑ってしまいます。経済的な面の保証はほとんど無いです。



でも今のこの辛い状態を続けていくよりは、きっぱりと会社との縁を切って細々と暮らしていく方がメンタル的に良いと本気でそう思っているのです。もしかしたらこれもうつ病渦中の思考かもしれませんが。



休職中の辛さ

会社から給料をもらいながら部屋でじっとしていました。特に行きたいところもないし、やりたいこともない。そんな気力などないのです。



その状態で月に2回、メンタルクリニックに通い、月に1回、会社の人事担当と面談に行くというおきまりのルーチン。なんと言うか、その3回のイベントに鎖をつながれているようで、ただただ、毎月、そのイベントの為だけにあるような自分




薬漬なので頭はボーっとしていて自分が自分でないような、よく分からない感覚がずっと続いています。休んでいる感じが全くしないのです。



だから休職をやめます
即ち会社を辞めます



一人暮らしの生活費


現在アパートで一人で暮らしています。既婚ですが別居中。ですので生活に必要な金額は多くて10万円程度。切り詰めていけば8万円程度も可能なのかもしれません。



現在51歳。年金がもらえる年までは後14年ほどありますが、退職金を食いつぶしていけば、なんとか生きていけるんじゃないか、という甘い考えも持っています。多分ムリだと思いますが。



うつ病で失業したらお先真っ暗なのか?働かずに質素な生活を続けていってはマズイのか?なんだかよく分からないのです。本当に途方にくれています。





おそらく知人の誰に尋ねても、働くべき、と答える気がします。だから誰にも聞きません。誰のアドバイスも受けないことにします。



アドバイスをもらうこと自体もキツイので、勝手に少しポジティブに考えてみようとかと思います。



安く住居を確保する


無職、無収入のまま生きていく上で最も大きいのが、住居の問題のような気がします。東京のアパートに住んでいれば毎年、70万円程度は出て行ってしまいます。でもこれはかなり安いアパートの話です。



東京でのひとり暮らしのアパート代の平均は7.5万円だそうです。7.5万円だと1年で90万円。平均的な環境を求めようとすれば90万円。10年も惰性で生きていれば1,000万円近くが住居費だけで出て行くことになります。



本当に恐ろしい話です。



でも、なのです。退職してしまえば、実はもう東京に住む必要もないのです。



だったらちょっと地方の方で中古の家を安く手に入れたらいいんじゃないか。そうすれば家賃はもう発生しない。




そこで半自給自足みたいな生活を送っていく。年間100万円くらいで暮らせるんじゃないだろうか。Bライフって言うのです。こういうの。



まだ全然リアリティに乏しいですが、病気の頭なりに少し良い方向に考えてみました。そして結構、楽しそうじゃないかとも思います。ざっくりですが、なんとかなる気がします。うん、元気が出てきた。



退職してから先のことが全く見えていませんが、とにかく会社は辞めます



26年間か。長いような短いような。



病気にならなければきっとこのまま定年まで、もしかしたその後も5年間、働き続けているのでしょうね。



お金の為でなく社会とつながっている為、とか言っちゃって。



でもいつかは辞めるのですよ。爺さんになってから会社を辞めて途方にくれるより、まだ50代の今、リタイヤしてしまう方がより良い余生がおくれるのじゃないかとも思ってます。



そんなテキトウなうつ病休職からのアーリーリタイヤですが、書いてみてとりあえずいろいろとスッキリしたところで、この先のことはこの後、ゆっくり考えていこうと思います。



良いのか悪いのか、今はまだ断言できませんが、とにかく逃げる準備を始めます
ふぅ~。





次の記事
うつ病での虚無感がアモキサンでやる気に